
SNS / コンテンツ
体験設計
「納豆にこんな楽しみがあったのか」をどう届けるか|SNSをメディアとして機能させる
たかちほ正史発酵蔵
2026/4/25
SNSのアカウント設計で、ずっと頭を離れない矛盾があります。
SNSは、新しい人との出会いの場です。
既にブランドを知っている人・興味を持っている人にとっては、新商品やキャンペーンの情報も価値があります。
でも、SNSでフォロワーが増えていく入り口は、まだブランドを知らない人。隙間時間にぼんやりスクロールしている人です。
その人たちにとって、ブランドの宣伝・商品の売り込みだけのアカウントは、見たくないし、スルーされるし、フォローもされない。
だから、便益のある情報・発信者の権威性・そこでしか出会えないコンテンツ——つまりメディアとしての強さが必要になる。
でも、メディアに振りすぎると、今度はブランドや商品とつながらなくなる。
中間をとる必要があるとずっと意識していました。でも、ただ折衷案でバランスを取るだけでは、どちらも中途半端になる。
どうすれば本当に成立するのか——そこを正面から問いに置いたのが、たかちほ正史発酵蔵の立ち上げでした。
この記事では、そのうちメディアの魅力をどう出したかを書きます。接続の側(柱と型で体験を積み上げる話)は続編(05-2)に分けました。

まず、新しい納豆体験そのものを作っていた
たかちほ正史発酵蔵の納豆は、混ぜない。粒のまま、のせて食べる。
そこから、「タレを入れてかき混ぜる」しか思いつかなかった人にとっては、まるで知らなかった食べ方が広がっていきます。
食材の組み合わせも、調味料の使い方も、これまでの納豆では成立しなかったものが成立する。
この体験には、今までにない発見・楽しみ・期待が含まれているはずだ——そう考えました。

その体験を、そのままメディアにする
考え続けてたどり着いたのは、中間をとるのではなく、体験そのものをメディアにするということでした。
別途メディア向けの企画を立てるのではなく、私たちが作った新しい納豆体験を、そのままコンテンツの中心に据える。
私たちが作ったものが、そのまま見たい・知りたいと思ってもらえるかどうか——そこを正面から問いに置きました。
加えて、納豆というカテゴリで、ここまでの体験を提供しているアカウントは、まだあまり見当たりませんでした。
だからこそ、この体験を最大化して見せれば、他では出会えない唯一のコンテンツになる。それが、まだブランドを知らない人がフォローする動機になると考えました。
便益・権威性・唯一無二のコンテンツ・ビジュアル——どれもこの体験そのものから生まれたものとして設計しました。

便益
投稿1枚に、材料・分量・作り方・所要時間までを完結させる。ページ遷移しなくても、保存して後で作れる。
新しい体験は、見て終わりではなく、自分の台所まで持ち帰れて初めて「楽しみ」になる。だから1枚で完結させました。
保存率が上がるのは、その結果です。
権威性
発信は、納豆蔵三代目の立ち位置から。「粒が立つ」「香りの余韻」「崩さずのせる」——作り手にしか持てない味覚の言葉で語る。
同じ「混ぜない納豆」を見せても、誰の言葉で語られるかで、新しさの厚みが変わる。
ありふれたレシピ紹介と、温度が違ってきます。

唯一無二のコンテンツ
納豆×菜の花×しらす、納豆×クリームチーズ、納豆のペペロンチーノ、納豆のお茶漬け——見たことのない組み合わせと、見たことのないレシピ。
朝も、夜のおつまみも、ワインの横も、シメの一杯も。全部「納豆」なのに、全部違う景色に見える。

どれも、混ぜないから、粒の旨みがあるからこそ成立するもの。
どこかのアカウントを真似たのではなく、この納豆だから生まれたコンテンツです。
ビジュアル
ビジュアルにも、この体験の見せ方を持ち込みました。
日常に寄りすぎると、特別感が消えて「新しい体験」には見えない。
かといって、手の届かない高級感に振りすぎると、今度は自分の食卓に乗らない別世界の話になってしまう。
その間に、ブランドのトーンを置く——「旅館の朝」「のれん」「良い和菓子屋」。
日常の中にある、ちょっとごちそうな感覚。品のある印象。シンプルなのに中身が美しく見える、静かな強さ。
そのトーンを、撮るたびに再現する。
新しい体験を「自分の食卓まで持ち帰れる、手の届く非日常」として届ける——その間合いを、ブランドのトーンとして固定するための設計でした(写真の役割分けや撮影の実務ルールは別記事に書きました)。

実際に、発見の声が届いていた
フォロワーさんに「なぜフォローいただいたのか」をDMで聞くと、設計が機能しているかがわかります。
返ってきたのは、こういう声でした。
小さい頃から納豆好きなのですが、「こんな納豆があるんだ」ととても楽しませてもらいました
夜のペアリングのクリームチーズや塩昆布など、好きなもの同士の掛け合わせだけれど想像できない味わいで、わくわくして食べてみたくなってしまいました
混ぜないって発想があったのかーと、ちょっとワクワクしちゃったのでした
「すごい納豆です」と叫んだから生まれた反応ではありません。
新しい食材の組み合わせ、見たことのないレシピ、作り手の言葉、静かな器——そういう要素が少しずつ積み重なって、「こんな納豆があったのか」という発見に変わっていきました。

メディア自体への期待も生まれていた
もう一つ、はっきり見えていたのは「次が見たい」という声でした。
これからの発信も楽しみにしています
これからも投稿楽しみにしています!
今後も素敵な投稿楽しみにしています♪
特定の投稿への反応だけでなく、このアカウントが次に何を出すかを待ってくれている。
これは、商品ではなくメディアそのものに価値が乗っていることのサインです。
新しい体験を一回見せて終わるのではなく、「ここに来れば、また知らない納豆の景色が見られる」と期待してもらえている——それは、SNSをメディアとして機能させたいと考えていたときに、一番欲しかった反応でした。
そして、買いたい気持ちまで動いていた
もう一つ、見えていたことがあります。
DMには、発見だけでなく、「購入したい」「食べてみたい」「取り寄せたい」——買う側の言葉が、たくさん混ざっていました。
オンライン購入をしてみたいと思い、フォローしました
この納豆私の好みだ!欲しい!食べたい!/買えるようになったら、絶対お取り寄せするって決めてます
通販サイトがオープンしたらお取り寄せもしたいと思います
メディアの魅力に触れた瞬間に、そのまま商品の手前まで距離が縮んでいたということです。
体験そのものをメディアにしていたから、面白がるだけの距離で止まらず、自然に「自分でも食べたい」まで届いていた。
メディアと販売の接続は、後から導線で繋ぐ前に、コンテンツの中身そのものが、すでに販売の手前まで連れていってくれていた——ここが、設計の手応えとして大きかった点でした。

メディアの魅力が、そのままブランドの核を指していた
ここで起きていたのは、もう一つ大事なことでした。
新しい食材の組み合わせも、見たことのないレシピも、器の上の静けさも——全部「混ぜない、粒の旨み」という1点から生まれていた、ということです。
メディアに振り切っても、ブランドから離れない。冒頭の矛盾に、設計の根っこから答えていた仕組みがここでした。

まとめ
SNSをメディアにしようとすると、宣伝はスルーされ、メディアに振り切るとブランドから離れる——この矛盾を、僕たちは「そもそも体験そのものをメディアにする」という入口で解きました。
ただ、これだけでは単発で終わります。
体験を記憶に残し、選ばれる輪郭に育てるには、何を繰り返すか、どんな道具でブレを防ぐか——もう一つ別の設計が必要でした。
続編(05-2)で、その接続の仕組み——柱と型——を書きます。
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※本記事は、許諾を得た範囲で工程の考え方を記録しています。
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