広告

ブランディング

広告も世界観を壊さない|よくある型に乗せないための設計 

たかちほ正史発酵蔵

2026/4/28

Meta広告を回し始めると、いつもぶつかることがあります。

CTR、CPA、ROAS。数字はハッキリ返ってくる。

だから「もっと反応の出る言葉を」「もっと目を引く絵を」と、ついよくある型に寄ってしまう。派手な言葉、強いコントラスト、派手な盛り付け。

でも、それをやった瞬間に、SNSで静かに積み上げてきたブランドの雰囲気が、一気に崩れてしまう。

たかちほ正史発酵蔵の立ち上げでは、Meta広告を本格的に回すと決めたとき、ここを整理することから始めました。

広告でも、世界観は崩さない。でも数字はちゃんと出す。 その両立を、どうやって作るか。

よくある広告の型は、もちろん知っている

誤解されたくないのは、よくある広告の型を否定したいわけじゃない、ということです。

広告に長く関わっていれば、こういう型は自然と頭に入っていますし、どう効くかも体感で分かっています。

●コピーで言えば
「絶品」「極上」「至高」「とろける」「もう止まらない」。

●訴求で言えば
商品をどーんと見せる写真、「累計○万本売上」「★4.5以上」のバッジ、「期間限定」「初回半額」の煽り、「○○受賞」「TVで話題」の権威付け、「○つの理由」の箇条書き、大きな赤囲みや「!」の装飾。

●フォーマットで言えば
商品開封→調理→実食の3カット動画、最後に値段ドンで締める構成、ビフォーアフターの並列、黄色背景に赤文字、「○○な人にオススメ」の吹き出し——

こういう型は、消費者の反応がはっきり返ってくるからこそ機能してきた歴史があります。

型自体が効くこと、過去に実績を積み上げてきたことは、ちゃんと理解しています。

そのうえで、たかちほ正史発酵蔵の広告では、この型をそのまま当てはめませんでした。

これまで関わってきたブランドで、こういう経験があったからです。

ブランドが「埋もれない」状態をまず作る。
そのうえで、認知 → 興味 → 欲求 → 検討 → 購入というファネルを丁寧に踏まえていれば、派手な言葉や強い装飾に頼らなくても、世界観を守ったまま、ちゃんと買われていく。

[図3:埋もれない(前提)と、認知→興味→欲求→検討→購入のファネル]

派手さで一瞬の注目を取るより、ブランドの雰囲気で残る一瞬の引っかかりのほうが、長く効く——そういう手応えが、いつもありました。

もちろん前提として、その「引っかかり」が成立するためには、ブランドの根っこに新しい意味・新しいコンセプトが立っていることが必要です。

世界観だけ整えても、根っこが弱ければ、いくら守っても引っかかりは出ません (このあたりは別の記事に書きます)。

だから、たかちほ正史発酵蔵でも、過去の型を頭に入れたうえで、それでも世界観を崩さずに独自性を出していく。そこをちゃんと考えてから、設計を始めました。

「世界観」は、曖昧なまま広告には乗せられない

ブランドに関わっていると、「世界観」という言葉はよく出てきます。

でも、広告に乗せるには、もっと具体的に分解しておく必要がありました。

世界観の分解は、根っこにあるコンセプト——「混ぜない、粒の旨み」——を、広告の見え方まで具体化していく作業です。

コンセプトと表現の間を曖昧にしたまま広告を回すと、毎回現場で判断がぶれて、結局その場で流されてしまう。

出発点として置いたのは、ざっくりこんなルールでした。

[図1:器/構図/色/食材、世界観の4ルール]

●器
黒・濃グレー陶器を基本にする。白皿は使わない。納豆がぼやける。

●構図
タレを垂らす手、または俯瞰ののせごはん。商品のクローズアップは弱い。食べる場面がないと、ブランドの雰囲気が届かない。

●色
黒の器 + 白飯 + 1色。足すのはアクセント1色だけ。色が多いと、よくある食品、よくあるレシピっぽく普通に見えてくる。

●食材
シンプル1〜2種まで。散乱すると、混ぜない納豆の存在がぼやける。

ここまで決めておくと、新しいクリエイティブを作るたびに、世界観を崩さずに判断できる。

もちろん、最初からこの4つにきれいに固まっていたわけではありません。出してみて反応が取れないもの、世界観がにじまなかったものを見ながら、運用のなかで少しずつ磨いてきた結果が、いまの形です。

「らしさ」を言葉にしておかないと、毎回現場で迷って、結局よくある広告の型に戻ってしまいます。

コピーは、強い言葉に頼らない

広告で一番崩れやすいのは、コピーのほうだと思っています。

先ほど挙げた「絶品」「極上」「至高」のような言葉は、入れた瞬間に反応が出やすい。

でもこれを入れた瞬間、広告はたくさんの納豆アカウントと同じ顔に戻ってしまう。SNSで積み上げた「静かで端正」という空気も、一枚の広告で吹き飛びます。

だから、今回はこの手の強い言葉を一度も使わないと決めました。

代わりに、4つの型で回しています。

これらは最初から並列に作ったわけではなく、フォロワーから届くDMの声を聞きながら、運用の中で段階別に増やしていった結果です(04-2)。

それぞれ、ファネルのどの段階で使うかも合わせて決めています。

[図2:行動指示/疑問フック/レビュー引用/価格疑問、4つのコピー型とファネル段階]

●行動指示(新規層向け):

「まずは混ぜずに、粒をゆっくり噛んでみてください」
体験をそのまま言葉にする。指示というより、案内に近い。SNSで見せてきた食べ方と同じ温度のまま、まだブランドを知らない層に最初の一歩を渡します。

●疑問フック(温まった層向け):

「なぜ、この納豆は混ぜないのか?」
すぐ答えを渡さない。一度見た人が、もう一度会ったときに引っかかる。リターゲティングの最初の入口にそのままハマりました。

●レビュー引用(温まった層向け):

「これは納豆なのか?」「もう他の納豆は買えません」
お客様の言葉はそのまま持ってくる。作り手側が"売り言葉"を書いた瞬間に嘘っぽくなるところを、他人の言葉で静かに差し出す。社会的証明として、購入の背中を押します。

●価格疑問(温まった層向け):

「納豆1包、300円。正直、アリなの?」
ブランドも体験も一通り見て、温まった人が最後にぶつかるのが価格の壁です。そこを正面から扱う。「正直、高いと感じるのは自然です」という共感を少し添えて、強引に肯定しない。価格そのものを疑問として返して、考える時間を渡す。最後の一押しのコピーです。

4つの軸で、強い言葉を使わずに引っかかりを作る。

どれも、SNSで積み上げてきた静かな温度のまま、広告に乗せられる言葉でした。

ファネルで役割を分ける

もう一つ大きかったのは、一枚のクリエイティブに全部を背負わせない、という考え方でした。

広告には、新規にリーチする面と、温まった人を購買に押す面がある。

それを一枚で狙うと、何もかもが中途半端になる。結果として、3つの段階に役割が分かれていきました。

●認知・フォロワー獲得層
俯瞰で複数皿を並べて、食の多様性を見せる。「こんな納豆の食べ方があるんだ」で興味を引く。

●新規層(ブロード)
黒陶器 × タレ垂らし手 × シンプル食材 × 白飯。行動指示コピーで、体験のイメージを最初に伝える。

●温まった層(リターゲティング)
疑問フック「なぜ混ぜないのか?」で、体験を言葉で再確認して購買に押し出す。

役割がはっきりすると、「この広告はここを担っているから、別のことはしなくていい」と割り切れる。

一枚で全部を背負わせないというのは、世界観を守るための現実的なやり方でもありました。

派手にやらなくても、ちゃんと回る

派手な言葉に頼らなくても、設計で積み上げれば、広告は無理なく回ります。

具体的な数字までは出せませんが、運用の側から見ていて、健全な状態が続いていると言えます。

広告で初めてブランドに触れた人が、ブランドのページに静かに留まり、何度か接触しながら、検討に進み、買っていく——

一発で押し込むのではなく、ファネルの各段階で無駄な動きが少なく流れている、という手応えです。

広告コストも、業界値に比べてかなり良い水準で安定して回せています。 送料別、しかもクール便という、送料負担の大きい商品でも、です。

むしろ面白かったのは、広告として効率よく機能しているクリエイティブと、世界観が保てているクリエイティブが、ほぼ重なっていたことでした。

黒い器・シンプルな食材・行動指示のコピー——

つまり磨いてきた世界観のルールを守ったクリエイティブのほうが、新規層が静かに残ってくれる確率も、検討から購入まで進む確率も、結果が出やすかった。

逆に、意外性で目を引こうとしたもの、盛り付けが散乱したものは、クリックや一瞬の反応は取れても、その先のページで止まってしまったり、検討に進まなかったり、検討まで行っても買われない。

目を引く力と、選ばれる力は、別物だった、ということです。

まとめ|数字の裏に、何を残したか

広告は、結局は数字で見るものだと思われがちです。

でも、本当に効いているのは、数字の裏で積み上がっている側だと思っています。

黒い器、垂らされたタレ、一枚に詰め込みすぎない食材、強い言葉に頼らないコピー。

一枚ずつは小さな判断でも、全部が同じ温度で並んだときに、「あ、このブランドだ」という雰囲気が残っていく。

ただ、これは見た目を揃えた、という話ではありません。

黒い器も、タレを垂らす手も、行動指示のコピーも、根っこにある「混ぜない、粒の旨み」という新しい意味を、目に見える形にしていった結果です。

コンセプトが新しい以上、それを表に出した世界観そのものが、すでに「ほかと違う」ものになっている

だから、世界観を守った一枚が、そのまま「いつもの納豆広告とは違う」一枚にもなる。

派手にやらなくても、目を引いてしまう——これは、ブランドの根っこが新しいことの、自然な結果でした。

逆に、根っこに新しい意味が立っていないブランドが世界観だけ整えても、ただ綺麗なだけの広告にしかならない。

コンセプトがないところに、世界観は生まれない ——この先の話は、また別の記事に書きます。

効率と世界観は、どちらか一方を選ぶものじゃない。

むしろ、世界観を崩さずに出すことのほうが、広告でも広く強く届く。立てていた仮説は、こういう形で返ってきました。

効率は、世界観を捨てた先にあるものじゃなくて、世界観の中から設計するもの。僕は、最近そう考えています。

広告は、数字との戦いになりやすい。だから現場では、"とりあえず反応が出る型"に倒れがちです。

でも、本当に残るブランドは、数字の裏にブランドの雰囲気を残せたかどうかで決まるんじゃないか。

SNSで静かに積み上げてきた立ち上がりを、広告という大きな場で薄めずに伝えられるか——

そこが、たかちほ正史発酵蔵の立ち上げで一番見ていた分かれ道でした。


次に読む

  • 次も見たい、と思ってもらえる状態を作り続ける|SNSの本質は、ブランドの本質と同じ

    軸を崩さず、毎回新しい発見をどう乗せ続けるか。

    → 読む

  • 「納豆にこんな楽しみがあったのか」をどう届けるか|SNSをメディアとして機能させる

    SNSをメディアとして、どう機能させたか。

    → 読む

  • ファーストビューは、コンセプトと広告と、同じ温度で組む

    LPのファーストビューを、コンセプトと広告と、どう揃えたか。

    → 読む

※本記事は、許諾を得た範囲で工程の考え方を記録しています。

ブログ一覧へ戻る